2015年06月25日
日本を貶め自分の首を絞めた朴槿恵外交 朝鮮日報が相次ぎコラムで批判
 韓国の最大手紙、朝鮮日報の元主筆で、現在、同社顧問を務める金大中(キム・デジュン)(元大統領と同姓同名ですが、まったく別人。韓国随一の保守派論客であり、新聞界の大御所的存在です)氏が記した「朴大統領の正常化決断、日本はどう見るか」と題したコラムが同紙に掲載されていました。
20150622 02 日韓国交行事の朴槿恵 あいさつ.jpg
(ソウル市内で開かれた日韓国交正常化50年の記念行事であいさつする朴槿恵大統領=22日 青瓦台HPより)


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 安倍首相と朴槿恵大統領が22日に、東京とソウルで開催された相手国主催の日韓国交正常化50周年記念行事に相互出席したのを受けたもので、非常に示唆に富んでいるので引用しておきます。


 以下は引用です。

 韓日関係の行き詰まりは、今や論理や理性、妥協や譲歩などの理にかなったやり方で解決できる段階を超えた。
 日本の植民侵略や慰安婦問題について、内外から多数の問題提起があったにもかかわらず、日本の安倍政権は目と耳を閉ざして「われ関せず」を決め込み、韓国は日本のこうした傍若無人な態度に次第に疲れつつある。
 その間、韓日関係は、経済はもちろん民間レベルでも冷え込んでしまった。

 このような状況の下で、朴槿恵大統領が22日、韓日国交正常化50周年を迎えて「過去史の重荷を降ろして未来志向的に協力しよう」と発信したのは、本当に難しい決断だった。
 韓国としては、ずっと悩んできた。
 全ての条件や兆候が韓国側に不利に働く中で、大統領は思索に思索を、熟考に熟考を重ねたことと思う。
 結果的に大統領は、韓日関係の行き詰まりを放置し続けても非難され、正常化の決断を下しても反対勢力の叱責(しっせき)を受けることになる。
 ならば大統領は、国益と歴史の前で決定するしかない。
 国民は、逆境の中で下された大統領の決断を、そう評価するだろう。

 日本は、韓日関係の行き詰まりを意図的に長引かせようとしているようだ。
 どちらにしても自分たちは損をしないとみているのだ。
 そしてこの機会に「韓国に思い知らせよう」「韓国の気をくじこう」という意図がはっきり表れている。
 加えて、中国の膨張主義で北東アジア情勢が再編されていく中、日本の強力な存在感と防衛上の立場が相対的に浮き彫りになっている点を、最大限利用している。
 こうした状況だからこそ、韓国が提起してきた歴史認識、植民戦争、慰安婦問題などに縛られてはいられず、さらにはこの機会にこうした「恥ずべき」過去の問題に終止符を打ちたいという戦略も働いているのだろう。

 米国の立場は苦しかった。
 米国は、中国の台頭が脅威となる中、第2次大戦時の「真珠湾」や、数十万の米国人が命を落としたことまでも不問に付したのに、韓国の「歴史認識」や慰安婦問題で韓日関係が冷え込んでいるのは望ましくないと考えているのだ。
 それはまさに、韓半島(朝鮮半島)をめぐる過去100年の歴史で韓国人が目撃してきた「大国の論理」だ。
 それを批判し、それに怒ることはできても、大国の論理の流れを食い止めたり、大国のゲームを阻止することはできないのが「弱小国の宿命」だ。

 ならば韓国は、どのような選択をすべきなのか。
 韓日問題に関する限り、世論調査には責任がない。
 世論には、難詰と鬱憤(うっぷん)と憤怒があるだけで、解決策はない。
 世論の一段階上に国論というものがあるが、国論であれば万事都合よく進むだろうか。
 世論は民間レベルの意見だが、国論は、これに指導者層の考えを載せたにすぎない。
 現体制において、官僚には創意がない。
 魂がないという声まで聞かれる。
 政治家は結局、票にすがる票のとりこだ。
 世論や国論は正しいが、常に従うべきものではない。

 韓国人は、柳成竜(ユ・ソンリョン)の「 懲録」(チンピロク=壬申倭乱[文禄の役]を反省する書)からあらためて多くを学んだ。
 韓国人が「懲録」を最後まで読むのは難しい。
 怒りで本を閉じ、ため息で行を読み飛ばすことを何度となく繰り返す。
 しかし、それで本を閉じてしまっては駄目だ。
 韓国の国民は、そして韓国の最高指導者はそこから、事大の名分と党派、指導層の無知と無能に任せ切りとなった国が、どのように奈落へ落ちていったのかを学ばなければならない。
 壬辰倭乱から5年後に、なぜまたも丁酉(ていゆう)再乱(慶長の役)があったのか、明は朝鮮王朝をどのように収奪し、日本はなぜまたやって来たのかが分からなければ、乱世はいつでも再発し得る−というのが歴史の法則だ

 人々は、自強論を掲げている。
 しかし韓国は、日本と中国の間で生き残るために、どれほど多くの自強をせねばならず、またすることができるのか。自強はまた別の形式論理にすぎない。
 福祉万能主義に陥って財布がすっかり空になった国。
 賄賂をもらうあてがないので、武器を買ってくるときにカネをせびる腐った軍人。
 自国を守る海軍基地一つ作れないようにする従北(北朝鮮に追従する)左派。自国に駐屯する外国軍の駐屯費すら出したくないという反対者が広く存在する国。
 そんな国が果たしてどういう自強を、どれだけできるのか、聞いてみたい。
 今、韓国人が暮らしていけるのは、うまく相手を選んでコネをつくり、周辺国との関係では時にはずるがしこいほど機会主義的、かつ臨機応変に対処しているからだ。それが「韓国生き残り」の核心だ。

 韓国は日本に対し、歴史認識で、真実の面で、名分の点で、「甲」だ(日本という「乙」に対して強い立場にあること)。
 しかし、日本は韓国に対し、経済力で、現実の外交で、外交力の点で優勢だ。
 真実と名分は、国際社会の現実においては常に「甲」というわけではない。
 朴大統領が、現実の争点を越えて正常化の道を決断するとき、日本はどのような反応を示すだろうか。
 「そりゃそうだろうな」と会心の笑みを浮かべるだろうか、あるいは「韓国を決して軽く見るべきではないな」と言うだろうか。
(ここまで引用)


 もっと露骨なのが朴斗植(パク・トゥシク)論説委員のコラム「隣国をおとしめ自分の首を絞めた朴槿恵外交」です。

 以下は引用です。
 
 韓国外交部の尹炳世(ユン・ビョンセ)長官が10日前、ドイツを訪れた。
 今年に入って2度目のドイツ訪問だ。
 ドイツの外相と会談した翌日、尹長官はクロアチアを公式訪問した。
 韓国の外相がクロアチアを訪れるのは、1992年に両国が国交を樹立して以来初めて。
 続いて尹長官は米国に向かった。
 ワシントンDCで韓米原子力協定に署名するというのが、米国訪問の理由だった。
 しかし尹長官はワシントンに直行せず、あえて1日時間をつくり、先にニューヨークを訪れた。
 ここに滞在しているマレーシアの外相と会うためだった。

 実際、韓国とドイツの間には、4カ月で2度も訪問せねばならないほど緊急の懸案はない。
クロアチアやマレーシアも同様だ。
 尹長官が3日間で3カ国を回り、3カ国の外相と会うという異例のスケジュールを組んだのは、今月28日からドイツのボンで開かれるユネスコ(国連教育科学文化機関)世界遺産委員会(WHC)のせいだった。
 ドイツは、21カ国からなるWHCの委員長を務めており、クロアチアとマレーシアは委員国だ。
 この会議で、日本の近代化遺産23施設を世界遺産に登録するかどうかが決まる。
 23施設のうち7施設は、約5万8000人の韓国人が連行され、強制労働に従事した場所だ。

 日本は、これらの施設について「1850−1910年」という対象期間を指定することによって、世界遺産の申請を行った。
 現在ユネスコには1007の世界遺産(産業施設は59)が登録されているが、今回のように特定の期間を指定して世界遺産の申請を行ったケースは初めてだという。
 こういうやり方で、韓国人強制動員の事実を隠せると考えていたらしい。
 23施設のうち、最もよく知られている場所が「端島」だ。長崎市から18キロ離れた場所にあるこの島は、100年前、日本初の鉄筋コンクリート製アパートが65棟も建つ主要な石炭の生産地だった。
 今では人が去り、古い建物しか残っていない。
 この不気味で珍しい姿のため、「007 スカイフォール」のようなハリウッド映画のロケハン地としても使われた。
 しかし、ここに連行された韓国人にとっては、生きて出られない地獄の島だった。


 このような歴史を隠したまま、この施設を「日本・アジアの近代化の象徴」としてのみ見ようとするのは、また別な次元の歴史歪曲)だ。
 最終的に尹長官が、自らこの施設の遺産登録を阻止しようと乗り出した。
 韓国・日本ほどの国際的地位や経済規模を有する国が、世界遺産登録をめぐって正面衝突したケースはないという。
 外交のトップがこうした戦いに加わる例もほとんどない。
 2012年末に韓国で朴槿恵政権、日本で安倍政権が発足した後、韓日の間からはこのように外交が姿を消し、隣国をおとしめようとする戦いばかりが繰り返されてきた。
 日本は、韓国唯一の同盟国たる米国に向かって「韓国は中国寄り」と吹いて回った。
 米国のあちこちに慰安婦被害者の少女像が立てられ、韓国政府も国際社会を回って日本の歴史歪曲と不道徳性を声高に叫んだ。

 しかし、外交に「タダ」はない。ある国を説得して自分の側に引き寄せたいのなら、それだけの代価を支払わなければならない。
 韓国と日本は過去2年余りにわたり、相手を窮地へ追い込もうとして外交資源を使い尽くした。
 結局は自分の首を絞めることになるにもかかわらず、韓日はこの道を突っ走った。

 韓日のこうした泥仕合は決して国益のためにならない、という事実を知らない人間はいない。
 現政権が対日強硬論を最も強く叫んでいたまさにその瞬間も、このアプローチが成功するだろうと信じていた外交官や専門家を見たことはなかった。
 にもかかわらず対日外交は、「安倍首相の暴走」と歩調を合わせ、「排日」レベルにまで至った。
 1987年の民主化後、政権が変わるたび、任期の最初は「韓日の新たな協力時代が開かれた」というような浮かれ方をするのに、後半になると「日本の行儀の悪さを正す」と熱を上げることを繰り返してきた。
 朴槿恵政権は、最初日本との衝突で始まり、途中で方向を変えた最初のケースだ。
 このように冷・温の極端を行き来する対日外交は成功し得ないというのが、これまでの韓日関係の経験を通して得られた教訓だ。
 にもかかわらず、現政権がまたしても「予告された失敗」の道へと突っ走ったのは、ミステリーとしか言えない。
 韓日関係の始まりと終わりを大統領の任期と同一視する傲慢や錯覚、そして対日外交にかかる国益を説明して大衆の理解を求めるよりも、「日本たたき」の方がはるかに容易で、政治的利益も大きいと感じられる限り、このどうしようもなく愚かなミステリーはいつでもよみがえるだろう。

 日本近代産業施設の世界遺産登録は、当初の日本の構想通りには進めにくくなった。
 しかしこれを、現政権の外交上の成果だとは評価しがたい。
 現政権の最大の失策は、韓日外交そのものを閉ざしたことだ。
 「ユネスコの戦い」は、韓日外交不在の現実を再確認させたにすぎない。
 外交が本来の位置で正常に稼働していたら、韓日がこのように国際舞台で顔を真っ赤にすることは最小限に抑えられただろう。
 韓日関係正常化の前に、「外交の正常化」の方が急がれる。外交を、外交の論理に従うようにすることが、その出発点だ。
(ここまで引用)







posted by 永遠の旅行者 at 21:45 | ソウル ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 韓国政治 反日の朴槿恵政権 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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