2015年01月19日
韓国映画「国際市場」が観客千万人突破し超大ヒット 激動の現代史背景に
 韓国で昨年12月に公開された映画「国際市場」が超特大のヒットを記録し、一種の社会現象にもなっています。
 公開から1カ月もしないうちに観客動員数は1千万人を突破したそうです。



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 内容は、朝鮮戦争の混乱の中、現在の北朝鮮地域(当時は韓国側だった地域)から命からがら脱出し、釜山市に現在も存在する「国際市場」で生活を営む主人公の男の一代記です。
 激動の韓国現代史を背景にして、家族を守るために自らの夢もあきらめ、死にものぐるいで働き、時代にほんろうされながら激烈な人生を歩んだ主人公のストーリーに、自らの苦難に満ちた人生を重ね合わせるお年寄り世代も多いようです。


 この映画は、政界でも大きな話題となりました。
 朴槿恵大統領が先月末に会議の席で、「国際市場」の一場面を例にあげて「愛国心」を強調。
  その後、与野党の多くの政治家たちが先を争うように映画館に足を運び、この映画に対する注目度がさらに高まりました。

 一方で、この映画に特別な政治的メッセージはないのですが、「大ヒット」したことで、左派(進歩派)陣営からは、内容に批判的な声が出ました。

 要は、軍事政権に対する抵抗運動などが描かれておらず、「国民が弾圧に苦しんだ時代を美化している」と言いたいようです。


 内容が抵抗運動を描くものではないので、外国人の感覚からすると「単なる言いがかり」のように聞こえますが、当事者たちは大まじめのようです。
 単なる商業映画をめぐって、「党派争い」に発展するとは、なんだか朝鮮時代のようですね。

 まあ、それだけ韓国社会は現在でも、保守派と進歩派の断絶が深いということなのでしょう。


 肝心の映画の内容ですが、主人公は北朝鮮脱出の際、末の妹が行方不明となり、捜しに行った父とも生き別れになってしまいます。
 父は別れ際、長男である主人公に「家族を頼む」と言い残します。

 一緒に脱出した母、弟、妹と釜山に移り住んだ主人公は、米軍のジープが行き交う市場の通りを走り回って成長。
 もっと勉強したいと気持ちを封印し、ベトナム戦争では韓国軍の軍属として現地で活動するなど、家族を支えるために身を粉にして働く様子が描かれています。
 (ベトナム戦争は韓国軍美化かも)


 韓国は1960年代からの朴正煕政権下で次第に工業化を進め、やがて高度経済成長に向かいますが、映画はまさにこうした軍事政権の時代を主な背景にしたものです。

 外貨稼ぎのため、1960〜70年代に国を挙げて行われた当時の西ドイツへの炭鉱夫と看護婦の出稼ぎ派遣。
 南北に引き裂かれ、いつか再会する日を夢見る離散家族。
 ベトナム戦争への韓国軍派兵(1964年開始)では、多くの民間人も軍属などとして現地へ赴き、輸送や建設などの後方支援に当たりました。

 年配の韓国人が当時を思い出し、胸が締め付けられるような様々なエピソードが、主人公の過酷な人生の中に「これでもか!」というほど織り込まれていきます。


 そういえば、主人公が命がけで現在の北朝鮮地域である、日本海に面した「興南」の港を脱出するシーン。
 これも朝鮮戦争中の1950年12月、「興南」の埠頭に集まった10万人あまりの避難民を、国連軍(実質的に米軍)が貨物船で救出した実際の出来事(興南撤収作戦)に基づいています。


 私はこの映画、最初は、日本映画「ALWAYS 三丁目の夕日」の韓国版のようなものと思っていましたが、そんなノスタルジックな内容ではなく、想像は見事に外れました。


 「明るい未来への希望」に向かって懸命に生きる人々の姿がにじむ「三丁目の夕日」とは異なり、「国際市場」の主人公はどこか悲壮感が漂う感じがします。
 幾度も死線をかいくぐり、いくつもの人生の重荷を抱えています。

 韓国では実際、これに近い人生を歩んだ人は、あちこちにいるのです。
 正確には、「いた」というべきでしょうか。
 こうした世代がどんどん亡くなっていますから。


 ところで、映画のタイトルとなった「国際市場」は、韓国に駐留した米軍の放出品や横流しの闇物資などを露店で売ったのが始まりのようです。
 今は寂れていますが、映画のヒットで観光スポットになりそうでね。


posted by 永遠の旅行者 at 08:00 | ソウル 🌁 | Comment(0) | 結構ハマる韓国ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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